さぼてん栄光

行きつけの喫茶店が閉店した。

 

初めて訪れたとき、あまりの珈琲の美味しさに感動した。

 

どの分野でも、飛びぬけたものというのは、本当に「別次元」という言葉がピッタリのような気がする。

 

「さぼてん栄光」の珈琲も別次元だった。珈琲なのだが、全く別の飲み物を飲んでいる感覚だった。

 

まるで魔法のかかっているかのような珈琲だった。

 

 

それ以来「どうにかこの味を再現できないものか」と、コーヒーの器具を一式揃え、お店に通いながらマスターから珈琲のいろはを教えてもらった。

 

私が初めて店を訪れたとき、マスターはもう高齢で、認知症の気があった。

 

珈琲の会社に30年、それから独立して云十年。カウンターには、楯がズラリと並ぶ。

 

珈琲の話題を振ると「よし来た!」とばかりに、こちらが聞くともなく、アレコレと教えてくれた。

 

毎度毎度、訪れるたびに「今日は学校休み?」と言われた。

 

私は、その度に「もう卒業していまして……」と返し、自己紹介をそこそこに珈琲の話題を振る。

 

「ここの味に近づけるためには、どういうブレンドにしたらよいのでしょうか?」

 

などという、きわどい質問をぶつけると、

 

二カッと笑い「まぁ、また教えちゃるけん」と言われ、後日伺うと、

 

「今日は学校休み?」

 

と、やはり言われてしまうのであった。

 

 

先日、マスターが亡くなりお店は閉められた。

 

今も、マスターから教えてもらったことを頼りに「あの珈琲の味を再現しよう」と自分なりに試しているのだが、一向に近づく気配はない。

 

今まで、たくさんの喫茶店を巡ったが、別の次元にいる珈琲を「さぼてん栄光」以外に私は知らない。

 

行きつけの喫茶店が閉店した。

 

 

 

 

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